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【宮城】気仙沼 気仙沼ホテル

| コメント(73)

- ホテル全壊のため休業中 -

 0944.jpg

<画像はTAKEMAさんのサイトから拝借しています。>

「気仙沼ホテル」と併設のろばた「ゑびす振舞」の現況について、

ホテルは全壊、基礎を残すのみ。ろばたは形は残るも全壊です。


経営者である内海日出年さんご一家と

関係者の皆様はご無事です。

・・・(続きもお読みください)

entrance01.jpg

気仙沼ホテルの玄関(震災前)


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フカヒレなどの海の幸が評判だった、ホテル併設のろばた「ゑびす振舞」(震災前)



気仙沼ホテル・ゑびす振舞から皆様へ

(経営者の次女、基水さんから気仙沼ホテルの掲示板に寄せられたメッセージです。)

皆々さまへ
先ず、こちらの掲示板にお言葉を寄せてくださいました方・ご心配くださいました皆様に、心より感謝を申し上げます。
今後どのようにしたら良いのか・どのように出来るのか、街の復興計画が啓示されておりませんので全く目処がつけられずにいるのが現状ですが、何らかの形で再生し、皆様からいただきましたお言葉を支えに、またお逢いできる日に向けベストを尽くしております。
3・11直後の混乱と恐怖の中で無我夢中でした時期が過ぎ、非情な現実をどう乗り越えていくのか・・・両親の想いは私では語れません。この詩を以って察していただければ幸いです。
 前に古人を見ず
 後に来者を見ず
 天地の悠悠たる念
 独り槍然として涕下る 謹んで皆様の御清栄を祈念御礼の意を申し上げます。
今後もこの掲示板を接点とし、復興の支え・希望とさせていただけますと幸甚です。


気仙沼ホテル(公式サイトが表示できないので「気仙沼観光コンベンション協会」のサイトへリンクしています) >>

〒988-0037 宮城県気仙沼市魚市場前3−15



ホテルが全壊してしまった上に顧客名簿も津波によって流され、経営者ご家族はご愛顧いただいたお客様にお礼や挨拶ができないことに心を痛めています。

そして、私たちには今できることがあります。

  1. 現時点で一番気仙沼ホテルの状況を知ることができるこの掲示板の存在を知ってください。

    気仙沼ホテル・ゑびす振舞の掲示板「BBS@ebisu」

  2. サポーター登録」してメッセージを伝えてください。
    (経営者のご家族は現在インターネットを常時見れる状況にはないため、メッセージをご覧になるにはタイムラグがあります。)

  3. 過去にご利用されたことがある方、是非サポーター登録願います
    • 後日次女の基水さんへ連絡先・メッセージなどをお届けすることができます。
    • これが、失われた顧客名簿のほんのちょっとの穴埋めになるかもしれません。
    • メッセージに気仙沼ホテルでの思い出なども書き記していただければうれしいです。

  4. 皆様のお知り合いに、気仙沼ホテル・ゑびす振舞にゆかりのある方がいらっしゃいましたら上記のことを是非是非呼びかけてください。



写真を探しています。

 我々は一瞬で、命以外の全てを失いました。鉛筆1本、写真1枚ありません。もちろん顧客名簿もありません。
  せめて、ご愛顧頂いた皆さんにご挨拶し、在りし日の写真だけでも残し、今後の復活の希望に繋げたい・・・!

内海 基水(経営者次女)






【震災後の状況】
気仙沼ホテルさんのことは被災地への支援で基水さんと知り合った「みり」さんが、種プロジェクトへとつないでくださいました。
以下はみりさんが寄せてくださった情報です。

差し支えないと思う範囲で内海基水さまから伺った事をお話しします。

地震直後
基水さまとご両親は、被災直後、最寄の避難所に避難されました。
お父様は、海のまん前の家に、津波の中に1日残り、自力で次の日に出てこられ、正に奇跡の生還をされたそうです。
数日後、お姉さまのご家族が避難されている面瀬中学校へ、海水と膝まである へ泥と見上げる程積み上がった瓦礫の中、1日以上かかり歩いて行かれたそうです。

4月末、
お住まいが地盤沈下し、なかなか海水がひかない中、膝位まで海水に浸かっての遺体捜索立ち会いや解体作業が長引き、早く避難所に戻れないと仰っていました
お父様の体調がすぐれず、何度も病院に行きましたが、当時の病院では診察・治療がままならない状況でした。体育館生活が困難との事で避難所を出られました。

5月中旬、
知人友人の土葬が終わり、一度土葬した遺体を掘り起こして火葬する葬儀・お通夜の日々と仰っていました。

6月中旬、
沿岸部では未だ火災が続き、地盤沈下の上、雨・高潮による冠水で急遽かさ上げした砂利道さえ通行できないとの事でした。
下水道の故障はそのままな為垂れ流しに近く、衛生面は最悪。
大量のヘドロと重油が乾き、大気に舞い、メタンガスやダイオキシンの有害物質をも含み、気管支炎や肺炎になられる方が多かった様です。
支援による食糧は、外国産のドライフードのご飯と缶詰め、又はカップ麺で、健康な人でも体調を崩してしまう状態だったそうです。
行政、自衛隊からの食糧支援は7月に入ると終了するとのお話しでした。
既に蛆虫がわいて、何処にでも巨大な蝿が蚊がいると仰っていました。

7月上旬
蝿蚊問題が深刻で、窓にビッチリ虫がつき洗濯物も干せず、30センチ位の白い山があると思えば、蛆虫の山。ふっと見上げた樹木に沢山実がなっていると思えば、蝿蝿蝿。蝿の実。
虫刺されの箇所は毒性が強く、熱を持ちパンパンに腫れたそうです。

8月
お父様が千葉で手術を受けられました。
病院のすぐ近くに宿泊施設がなく、急激な変化にも備えるため、基水さまは病院のソファーに寝泊まりされていました。体育館生活を思えば苦ではないと仰っていました。手術は成功されたそうです。現在はご一家一緒にお住まいです。

内海さまは震災以降、こちらの掲示板を見る事もかなわず、お言葉を寄せて下さった方、ご心配下さった皆様へ御礼の言葉も述べられずにいらっしゃいます。
また、顧客名簿が流されてしまい、ご愛顧下さったお客様にご連絡を差し上げる事もできず 心を痛めておいでです。
現在も十分にネットツールを使える状態にないため、すぐには、掲示板の閲覧・投稿等ができませんが、皆様に直接ご挨拶を申し上げたいと思っておいでです。
この掲示板が皆様との繋がりの一つの絆となっています。
いつか内海さまから直接連絡がとれるように、この掲示板に足跡を残して頂けたらと思います。
(中略)
また、皆様のお知り合いに、気仙沼ホテル・ゑびす振舞にゆかりのある方がいらっしゃいましたら、こちらの掲示板をご紹介頂けますと幸いです。


どうぞ宜しくお願い致します。







【参考情報】
Takemaさまが気仙沼ホテル・ゑびす振舞をご紹介下さっているページです。
震災前
http://achikochi.takema.net/kokunai4/2010_10kitakami/2010kitakami_5.htm
震災後
http://achikochi.takema.net/kokunai5/2011_8hktouhoku/2011_hktouhoku_24.html


ゑびす振舞を紹介しているページです。
http://www.fujitakikaku.co.jp/kesennuma-ebisu.html
 地元では有名なお店だった様です。他、飲食店紹介のサイトでも見つかります。
 また、「いきなり黄金伝説」でフカヒレ料理で1位になった事もあるお店です。


私たちサポーターはこの宿を応援し、泊まりに行く日を心待ちにしています。

コメント(73)

Takemaです。
今後ともよろしく御願いいたします。

何にも復興の手伝い支援をできずに居る
自分を情けなく思っています。
皆さんには、とにかく前だけを向いて進んで下さい。
また早めに泊まりがけで、えびす振舞の美味しい料理を食べたいものです。
ただ無理はし過ぎないで、頑張り過ぎないで下さい。

どんなメッセージをお伝えすればいいのかと、あれこれ考えていたのですが、現地であの日を経験していない自分は、やっぱりお伝えできる言葉が見つからず、お気持ちを想像して静に寄り添うことしかできません。
えびす振舞の料理、いつか食べてみたいな!!
遠くはなれた地からもそんな思いでいる人がたっくさんいることが、少しでも励みになることができれば嬉しいです。

歌津でMTBを使って子供達と遊んだり、来年5月のたつがね(田束山)MTB大会の開催のお手伝いをしています。その仲間には気仙沼の方もいらっしゃいます。また陸前高田広田半島の知人宅へもときどき顔出しします。行ったり来たりしている際、いつも通る気仙沼にもどんどん愛着が沸いて来てしまいました(笑)陸前高田も歌津も長いお付き合いになりそうですので、同じように気仙沼も大切に思って行きたいと思っています。来年5月13日に田束山でMTBの大会を行ないます。ぜひ、つつじと大会を見にいらしてください。(いつの日かホテル再開の目処が立ちましたら、サポーター登録もさせていただきたいと思います)

2007年2月、長男を妊娠中にお世話になりました。
その後、次男を授かり、子供たちがお刺身を食べられるようになったら、また行きたいね~と主人と話をしていた矢先の大震災でした。

もう、いつでも家族4人で出発できます!
もしかしたら家族5人になっているかもしれません。
いつまででも待っています!


『絶対』はなかなか使えない言葉ですが
再開されましたら『絶対』に行きます!


ご無理なさらず、望みを捨てず。
どうか、お体に気をつけて。

気仙沼ホテルさん えびす振舞さん
 私は2006年にたった1泊しただけの者ですが
あの地震の際、思わずBBSへ書き込みをせずには
いられなかったほど、印象に残った旅でした。
 美味しいもの好きの妹が 心身を患い、懸念して無理矢理連れ出した旅でしたが、気仙沼の美味しさにあっけないほど回復してくれたのです。
 今は なかなかお目にもかかれませんが 再開されたら、いや 再開されなくても(復興は埒外の私でも困難だと思います。簡単に頑張ってくださいなど無責任なことは申し上げられません。) 気仙沼の町自体がまた 以前にも増して活気付くことを祈っています。そして また伺います。
 12月にはやはり以前よく旅をした仙台~塩釜へ伺います。いつか 気仙沼にもうかがうことができますように。
 これから寒さが増します。どうか 御自愛くださいませ。

10年以上前から、年に1~2回のペースでお邪魔しておりました。震災のほんの数日前にもお世話になりました。その時にえびす振舞でいただいたもうかの星のおいしかったこと。今でも忘れられません。

私がお手伝いできることは何もなくて本当に申し訳ないのですが、きっとまた再開してもらえると信じています。そのときはまた必ずお伺いさせていただきます。

1997年の住宅地図ゼンリン入社以来。2004年春に退職するまでの7年間、毎年冬になると「気仙沼ホテル」に連泊し、ある時は営業、ある時は地図を作るための調査と、気仙沼ホテルを根城として活動し、大変お世話になりました。

ゑびす振舞の料理は毎日おいしく、「巨人の星」とかナマコとか、カサゴの唐揚げとか忘れられない料理ばかりでした。

私の場合は、気仙沼出張のためにゼンリンに勤め続けていたと言っても過言ではありません。

震災直前、両親を連れて気仙沼ホテルに泊まって気仙沼観光をする計画を立てていました。
暖かくなったら行こうか、などと言ったら大震災です。
6月にそちらに伺った際、全壊したホテルと半壊したゑびす振舞の前で立ち尽くして途方に暮れましたが、ここで関係者の皆様の無事を確認できて、胸のつかえがまた一つ取れた思いです。

何らかの形でも復興しましたら、また是非とも利用させていただきたいと思います。

忘れませんよ!

はじめまして。
「種」からのメールで初めて知りました。
私は山口県民で、あの日は山口でしたので、
テレビなどでしか存じ上げておりません。
だから言葉が見つからないのですが。
ぜひお元気で、お体大事にお過ごしくださいませ。

震災後気仙沼には数度復興支援の仕事で足を運び、沿岸部の地盤沈下の様子や夏の害虫被害の状況など、実際に目にしております。
復興へ時間が掛かるのは百も承知。
構いませんとも!待ちますとも!

いつの日か、超絶美味な戻りカツオのシーズンに泊まりに行く事を思い描いて、サポーター登録させていただきます!

サポーター登録してくださっている皆さんへ、気仙沼ホテル、経営者ご家族の基水さんが皆さんからのコメントにこちらでお返事しておりますので、ご覧になってみてください。http://6823.teacup.com/toshi3/bbs

ひとつまたひとつ私だったら心つぶれていたのに、みなさんのエネルギー、ひたむき、前進、協力微力ながらよろしく仲間に入れて頂きたくお願いいたします。

ゑびす振舞の食事は最高です!今年は7月の歌津港のほや祭りとゑびす振舞の魚を食べに行く計画を立てていました・・・・。年をとってそこまで食べにいけなくなると困るので、元気なうちは毎年行きたいと楽しみにしていました。まさかこのような事情でだめになるとは予想だにしませんでした。震災の痛みわけをさせていただき、また美味しい魚を食べさせて頂きたいと、今年の夏は被災地の様子を体感しに行ってきました。宿泊先と時間の余裕がなく気仙沼までは入れませんでしたが、バスを利用して志津温泉ホテルに泊まり、
一帯を廻って、友人の車で宮古まで行ってきました。テレビからは伝わりにくい事がいっぱいあり、少しでも皆様の気持ちにお近づきできたように思います。復興をお祈りしています。美味しい魚を食べながら応援しに行きたいと思います。一所懸命応援しています!!

みなさんが前に進もうとしていることに、感動しています。何らかの形で協力出来ればと思っています。

読売新聞朝刊の編集手帳で旅館サポーター制度を初めて知りました。気仙沼には一度も行ったことがありませんが、ずっと行ってみたいと思っていた場所でもあります。現在、再開の目処がたっていないとのことですが、私の出来る範囲内でお役に立てればと思っていますので、その際は遠慮なくお知らせ下さい。皆様の生活が一日でも早く落ち着くことを心からお祈り申し上げております。

募金や消費活動の他に、もっと被災地の方々に直接的な支援をすることは出来ないだろうか?と思っているときに、種プロジェクトを通して気仙沼ホテルのことを知りました。

私は旅行することが大好きで、よく1人で出かけます。
気仙沼にも今春出かける計画を立て、楽しみにしていたのですが、3月11日にあの地震が起こり…
テレビで気仙沼の被害の様子が映し出されるたびに胸が痛くなり、何か自分にも出来ることがあればとずっと考えていました。
この度は微力ながらも力になれればと思い、サポーター登録させて頂いた次第です。
気仙沼ホテルが営業を再開できるよう、私に出来ることがあれば力を尽くさせて頂きたいと思っております。

昨年初めて気仙沼を訪ねた時に泊めていただきました。ゑびす振舞でふかひれをはじめ新鮮な魚介類の食事とてもおいしくいただきました。震災後、何度か気仙沼を訪ねましたが、ホテルの跡形も無い姿を見て心配しておりました。地盤沈下により海水が上がってきて、現状での再興は難しいと思いますが、再びおじゃまさせていただける日が必ず来ると信じております。

 震災以来心配していました。
今日、NHKで旅館の現状とおかみさんが放映されたのを見て関連事項をネットで検索したところ、このプロジェクトを知り登録させていただきました。
 以前、gooに「再建資金のため1万円を支援して再建後の宿泊料に、、、。連絡先が分からないのでご存知の方、情報をお願いします」と載せたところご親戚の方から返事をいただきました。
 一刻も早く再建されることをお祈りするとともに宿泊客として気仙沼にフカヒレを食べに行くことを楽しみにしています。

気仙沼署でお世話になった竹内です。
当時は大変お世話になりました。
ホームページをみていてこのプロジェクトの存在を知り、参加させていただくことにいたしました。
いつの日か再びみなと祭りを見学し、ゑびす振舞でおいしい食事をいただき、気仙沼ホテルに宿泊する日がくることを祈っています。
くれぐれもお体にはお気をつけ下さい。

2度程、宿泊させていただきました。
初めて今のカミさんとの旅行で、美味しい食事を堪能させていただいた記憶が離れません。
震災前に戻すには、大変な苦労を伴うとは思いますが、是非、営業再開にこぎつけて下さい。
その時には必ず、お邪魔させていただきます。

昨年9月、気仙沼に参りました。被災の状況は新聞やテレビで毎日のように目にし、なんだか知っているような気になっておりましたが、実際に目にする街の様子は想像を遥かに超えたものでした。滅茶苦茶になった海岸線、津波になぎ倒された建物や水没した家屋、道端に積み上げられた瓦礫と車の山、信号機が点灯しない暗闇の交差点等々。営業を再開したばかりの旅館の仲居さんに「この辺りがいちばんの繁華街だったんですよ」と言われても、震災前の状況を知らない身には残念ながらピンときません。現地の方々の喪失感はいかばかりかと思いますが、それを推し量ることしかできないのがもどかしく感じられました。
旅館では夕飯の提供ができないとのことで、かろうじて営業している魚市場に近い食事処で夕食を摂りましたが、気仙沼ホテルはそのもう少し先にあったのですね。震災前の写真等を拝見しても、おもてなしの心に満ちた素敵な宿と料理店であったことが偲ばれます。全壊し、再開の目処も立たないとのことですが、ぜひさまざまな形でのサポーター制を確立・活用して、前進していただきたいと思います。できるだけの支援をしたいと思いますし、新しい一歩を踏み出された折には、もちろん足を運びます。
津波にのまれながら奇跡の生還を果たされた御主人の日出年さま、火の海と化した湾を眺めながら連絡の取れない御主人のご無事を念じていらした女将の和子さま、すべてを失い身も心も傷つきながらご家族のために献身的な努力をされている基水さま、皆さまのお気持ちが少しでも晴れ、1日でも早く願いのかなう日がきますことを念じております。

サポーター登録して下さった皆様へ
 気仙沼ホテル・ゑびす振舞の掲示板「BBS@ebisu」
 http://6823.teacup.com/toshi3/bbs  にて
 差し上げましたお返事をこちらにも転載させて頂きます。

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★takemaさまへ
投稿者:基水 投稿日:2011年11月17日(木)

 10月10日は水害で大変困難な状況にあったにも拘わらず、喜んでお泊まりいただきましたこと、心より感謝申し上げます。
3・11より暫くは茫然としておりましたが、皆様より再建の声援も多く、それにお応えすべく手掛かりを探しておるところです。
「フカヒレ」・「海の幸」共に良質な品揃えと味と技術にこだわり、良心的な価格でやって参りました。それを越える「光る」形で 出来ないものか思案しておりますが、何ぶんにも復興には時間を要するようです。 水産特区の地域にあり、あの場所での再建は無理でして何処か他の場所での再建を考える必要があり、暫くは温かいお気持ちで見守っていただけたらと思います。
こちらこそ何卒宜しくお願い申し上げます。
女将代筆 基水

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★兵藤さまへ
投稿者:基水 投稿日:2011年11月25日(金)

 第二の故郷、第二の実家という思い、感動しました!貴社さまには沢山の方々と長い期間のおつきあい。冷たく寒い仕事に疲れ、厳しいお勤めでもありましたが、お仕事熱心で仲良く、礼儀正しく、感じの良い方々ばかり・・やはり一流会社の方々でした。お料理も海の幸で責めておりましたのに「よし」として戴き光栄です。またお会いしたいですね。転勤がありますよね。メンバーの方々を想い出しております。又、お会いできるよう私達もアンテナを張りめぐらせて参りましょう。その時はよろしくね。
女将代筆 基水

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★MK9さまへ
投稿者:基水 投稿日:2011年11月26日(土)

 現在、種プロジェクトからの返信が困難な為掲示板に投稿させていただきます。
見ていただけると良いのですが・・。
 MK9さま
コメントありがとうございます。忘れていませんよ。
お顔もイメージも何もかも覚えています。色白でスーとあらわれ、口数も少なくて、ようやく少し私(女将)とお喋りが弾み嬉しく思っていましたのに。季節ごと旬の魚が変わり旨さもそれぞれですよね。メッセージのご期待に添えるよう頑張ります。
女将代筆 基水

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★ぽちさまへ
投稿者:基水 投稿日:2011年11月26日(土)

 ぽち様
 熱烈な後押しに私もパワーをいただきました。
何に喜んでもらえるのか、どんな形で御期待に添えるのか、ハリハリと考えてみたいと思います。応援ありがとうございます。

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★ドルチェさまへ
投稿者:基水 投稿日:2012年 2月 1日(水)

 ドルチェさま。復興を見守っていてください。
‘美味しかった’の喜びの声がとても嬉しく、お店も宿も再建できれば・・と何度も想いかえしております。いつか何処かでを持ち続けて。
あなた様のお気持ち忘れません。ありがとうございます。
女将代筆 基水


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★りょうまさまへ
投稿者:基水 投稿日:2012年 2月 1日(水)

 りょうま様。1月2日の震災の歌をご覧いただき恐縮いたしております。
心から当方の再建を想っていただき、何と幸せでしょう。ありがとうございます。
全てにおいて時間も気力が必要なようです。見守ってください。
感謝申し上げます。
女将代筆 基水


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★たけうち様へ
投稿者:基水 投稿日:2012年 2月 1日(水)

 たけうち様。長らくご無沙汰いたしておりました。
こちらに勤務の時から沢山応援いただき感謝申し上げます。又、度々のお便り・年賀状等嬉しく拝見いたしておりました。
こちらに2年 ゑびす振舞をご利用いただき、その御恩は忘れていません。
私的にも素敵なご家族ともご来店いただいておりました様子もおみうけいたしておりました。このご縁を大切に大切にして次への復興の励みにさせていただきます。
お近くなりましたね。お元気で。
女将代筆 基水

この企画をようやく知りました。遅きに失しましたが、ここへたどり着けました。是非サポートの仲間入りさせて下さい。昭和63年以来随分長いお付き合いでした。長期滞在にも関わらずいつも家族のように温かく気持ち良い時間を過ごさせて頂きました。和子さん(おかみさん)とはお手紙の交換をしましたが、このような歩みを始められ本当に嬉しいです。おかみさんの知的な微笑み、若の清々しい笑顔、隅々までゆき届いた清潔な館内、従業員のみなさん、、、どうぞまた、気仙沼ホテルであいましょう。

父の退院祝いに、父母と夫、小3の息子と5人で泊まらせて頂きました。

予約の際、父が階段が登れない事を電話で伝えた所、両親の部屋を一階の温泉、トイレに一番近いお部屋を予約して下さいました。また、上手く歩けない父の為に部屋にも椅子とテーブルが用意してあって、我が家の事情を親身になって気遣って下さってるなあ、と感謝の気持ちで一杯でした。

あの震災後、両親からも何度も気仙沼ホテルさんの話題がのぼり、先日も春になったらまた、行きたいね。という話になり、調べていたら、このサイトに行き立ちました。

あの、素敵な炉端もなくなってしまったのですね。フカヒレ丼、揚げたてのさつま揚げ、盛り沢山の朝食、忘れられません。とても、とても、残念です。

気仙沼ホテルさん、応援してます。

転勤で気仙沼に3年間住んでおりました。当地のロータリークラブのメンバーに入れていただいて、内海日出年先輩に親身になってご指導いただきました。
「ゑびす振舞」での奥様をはじめスタッフの皆様の心温まるおもてなしと、美味しい料理の数々が忘れられません。
日出年先輩の体調回復と、旅館復興を心より祈念しております。

気仙沼のお友達に連れられてお昼にお伺いしました
お料理がとても美味しくて忘れられません
ふかひれ料理はもちろん美味しかったのですが私は『あざら』と『もうかのほし』ww美味しかったぁ♪
再開された時には当時のメンバーでまたお伺いしたいと思います
その日を楽しみに待っています

女将さんへ
再開の際は妻と泊まらせてください。
その日を楽しみにしています。また、女将さんの笑顔が見たい!

何度もお世話になり、とくに若旦那とは顔なじみにならせてもらったほどです。クルマでもなんども行きましたが、忘れられないのは自転車で東京駅からまさに気仙沼ホテルをゴールにサイクリングしていったときのことです。ちょうど震災一周年にこちらのサイトを見つけたました。まだまだ大変の日々が続くと存じますがどうぞ皆様おからだにきをつけて。

2010年の5月にお世話になりました。美味しい朝食を御馳走になり、感動したのを覚えています。色々なご苦労があるかと思いますが、どうかご無理をなさらず、皆様の生活が落ち着かれていく事を願っております。陰ながら応援しております。

地図の会社(ゼンリン)に入って、初めてのことばかりだった時に気仙沼出張!1週間泊り込み、寒かったけど、毎日の食事が楽しみで、昼間頑張れました。震災当日、長野に転勤になっている僕は、テレビで気仙沼をみて、言葉が出ませんでした。気仙沼ホテルは?そんな思いで状況をみていました。関東の支社長も仙台にいたことがあり、お酒の席では、しんみり・・・。「気仙沼ホテルの人たち大丈夫だったんですかね・・・」と話していました。何か、自分の思い出が根こそぎなくなったような気がして・・・
でも、このサイトで見て少し安心しました。
4月から千葉に転勤になりますが、「営業再開」の文字が見られたら、当時一緒に泊まった仲間と、必ず行きます!!

遅ればせながら本日ようやくこのサイトをみつけることができました。
私は2010年12月ころ、今の旦那である人と一緒に、婚前旅行として宿泊しました。冬の時期、多分お客は私たちだけだったでしょうか、あまりに寒い日だったので、ストーブを準備していただいたこと、チェックアウトの時に気さくに話しかけてもらったことを覚えています。
えびす振舞の肴もとても美味しくて、その時旦那とまた来たいねという話をしました。
今回の震災でまっさきに気仙沼ホテルの事を思い出し、色々ネットで調べたのですが、ホテルの状況は分からず、また安否を調べようにもお名前が分からなかったので、どうしようもできない状況でした。
震災で多くの方々が亡くなられた中、ホテルの方々がご無事と分かり、ほっとしています。
どうか、無理をなさらず、お身体に気をつけて。

根室の山田です
震災直後HPがまだあったときBBSで皆さんの無事は確認していたのですが
遅くなりましたが1ヶ月ほど前にここを知りました

あれから2度ほど気仙沼にお邪魔しました。

一度目は本船が引き上げられた時
2度目は新船の起工式 先月の14日です

私どもは船を失いましたが何とか今年の秋刀魚漁より復帰できることとなりました

気仙沼ホテルの皆さんにも 是非立ち上がっていただきたい ピンチをチャンスに替えましょう

私どももお世話になった気仙沼に恩返しがしたくて気仙沼の造船所での新船建造にこだわり いろいろ問題はありましたが何とか願いが叶いそうです

ともにがんばりましょう ここまでくるのに時間かかり 遅くなりましたが サポーター登録させていただきます

今年は特に寒いので皆様にはお体を大切にしてくださいね

皆さまがご無事だというのは確認していたのですが、このサイトを発見するまで、だいぶ時間がかかってしまいました。2010年まで毎夏家族でお世話になっておりました。小生の実家も宮城県多賀城市で、被災し、復興というにはまだまだ程遠い。ということも実感しておりますが、いつの日か、気仙沼ホテル、ゑびす振舞にまた行ける日がくることを心より祈っております。

サポーター登録して下さった皆様へ
 気仙沼ホテル・ゑびす振舞の掲示板「BBS@ebisu」
 http://6823.teacup.com/toshi3/bbs  にて
 差し上げましたお返事をこちらにも転載させて頂きます。
 皆様からのお心こもった言葉を大切に受け止めています。
 ありがとうございます。

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★lazyroadyさまへ
投稿者:基水 投稿日:2012年 3月28日(水)

 ずっと想っていただいたことに感動いたしております。ありがとうございます。その節は又よろしくお願いいたします。
女将代筆 基水

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★だいずさまへ
投稿者:基水 投稿日:2012年 3月28日(水)

 だいず様。皆さん素敵な外車でお越しでしたね。だいず様は、何度目になりますでしょうか。何度もおたずねいただき光栄です。 ホテルの駐車場に車を並べ一列に並んで撮った写真をずーっと保管しておりましたが・・;(
華やかに若々しい光景でした。又それを、いつか、・・楽しみに致しております。
女将代筆 基水

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★かっつんさまへ
投稿者:基水 投稿日:2012年 3月28日(水)

かっつん様。沢山の方々にお泊りいただきました。皆さん、夜遅くまで熱心に準備していらっしゃいましたね。遠くの方、近くの方、それぞれの持場で頑張っていらしたこと、いつも寒い時期でしたが、それでも皆さん笑顔で戻ってこられ、嬉しかったことを思い出します。同僚の方々と再会できますよう、見守っていてください。皆様によろしくお伝えください。
女将代筆 基水

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★swanyさまへ
投稿者:基水 投稿日:2012年 3月28日(水)

 swany様。 再開の時は是非皆さんとご一緒にお越しくださいませ。こちらも楽しみにいたしております。サポーター登録ありがとうございます。
女将代筆 基水

サポーター登録して下さった皆様へ
 気仙沼ホテル・ゑびす振舞の掲示板「BBS@ebisu」
 http://6823.teacup.com/toshi3/bbs  にて
 差し上げましたお返事をこちらにも転載させて頂きます。

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★みどり様へ
投稿者:基水 投稿日:2012年 3月30日(金)

 みどり様。またお越しいただける為にも各機関と協会等々とコンタクトをとりながら、私達も知恵を絞り策を講じなければなりません。良いお知らせができますよう力を合わせて進んで参りたいと思います。皆様も健康に気をつけてくださいね。
女将代筆 基水

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★鉄朗28号様へ
投稿者:基水 投稿日:2012年 3月30日(金)

 鉄朗28号さま。ご希望の1階のお部屋で、段差のない広いお部屋をご用意でき、ご家族の方々がお寛ぎいただけました事を嬉しく思い出しております。また、お店ゑびす振舞で、出来立てのお料理を即お召しあがりいただき、名物ふかひれ丼のことも話題にしていただいていること、光栄に思っております。
 復興には諦めない気持ちと時間が必要です。気長にお待ちいただければ幸いに存じます。
応援よろしくお願いいたします。
女将代筆 基水

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★りょうパパさまへ
投稿者:基水 投稿日:2012年 3月28日(水)

 りょうパパ様。また気仙沼で素敵な夏を過ごしてもらえるように、どんな形であれ頑張っていきます。see you again!
管理人代筆 基水

2009年の夏にバイクで伺いました。
とても暑い日で遅くに到着した私達を笑顔で出迎えていただいた事がとても印象深い思い出です。

3.11の最悪な日から年月が経ちますが、また必ず女将さんの笑顔とゑびす振舞の料理を頂きに、必ずお伺いします!

お体ご無事で何よりでした!
また絶対にお店とホテルを再開してくださいね!

ひろこ様

気仙沼の桜が見頃となりました。
この連休中は宿泊施設の不足で困っているようです。復活出来ずにいるのが残念です。
笑顔を忘れずいつまでも若く?おりますからお互いに元気でいましょう。
応援ありがとうございました。

女将代筆 基水

気仙沼ホテル・ゑびす振舞御中
初めまして。
本日初めてこの[種プロジェクト]を知りました。
復興支援などと言う大それたことは出来ませんがホテル業等再開出来ましたなら必ず一家全員で宿泊に伺います。
これから梅雨の季節となってまいります。
お体に留意なされまして一日でも早い再開の連絡をお待ちにしております。
福島県 tkta

震災にあった5ヵ月後にボランティアに行きました、そこが気仙沼だったのです。
どうしても、人ごとに思えなくてサポートに登録しました。復活を信じてます。まずは、今日からスタートではなく、今日をスタートしてくださいね。

JBさん、はるばる岡山から気仙沼までボランティアにいってらしたのですねっ。素晴らしいです!

大変ですね。震災後、東北へ行こうと思っているのですが、なかなか実現できず、何か申し訳ない気持ちでした。
 でも、この企画を見つけて、今年は実現したいと思います。一日も早い再開が出来ることを祈っております。

サポーター登録して下さった皆様へ
 皆様からの頂いたお言葉に感謝しています。 女将代筆 基水

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★tktaさま

ご登録ありがとうございます。
10日に当地も梅雨入りとなりました。
漁港、魚市場を中心にトラックヤード、道路の巾を広げる等、少しは進んでおります。かつてのホテルの駐車場は平地となりましたが、まだまだこれからという感じでしょうか。長い目で見守っていただければ幸いです。

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★JBさま

岡山からのお越しに感激致しました。ありがとうございます。
気仙沼市は鰹50トン入荷しました。日本一の水揚げを誇っておりましたので、関係者にはハリがあるようです。スタートのきっかけとなるように、このまま順調にいきますよう我々も祈っております。
登録ありがとうございます。観光には長い道のりになりますが、我々を長い目で見守り忘れずにいてください。

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★すーさまへ

ご登録ありがとうございます。
南海トラフの心配の中で、東北の事をご心配いただき感動いたしました。
気仙沼には、350トンの巨大漁船が街だった場所に未だに残っております。津波の恐ろしさを感じさせる一つです。世界中何処を探しても見られないものです。この恐ろしい体験を風化させない為にも、見れば涙が流れますが遺産として欲しいと個人的に願っております。
お優しいお気持ちをありがとうございます。
復興はまだまだ先です。忘れないでいてください。
ありがとうございます。

残念ながら利用したことはありません。毎月のように気仙沼にボランティアに参っています。観光地としても何度でも訪れたい地です。再興をお祈りしています。わずかながらでもご協力させていただきいたいと思いました。

以前はまったくご縁のなかった気仙沼に、毎月うかがっている者です。

昨年8月に初めて目の当たりにした気仙沼の光景が今も心に焼き付いております。

あの日以来どれほどたいへんな思いをなさっていらしたことかと思うと言葉もありません。今ご不便なことはありませんか?メッセージだけではなく何かお役に立てることはありませんか?

あまりに悲惨なできごとでしたが、そのことがきっかけで気仙沼の方々とのご縁がつながり、気仙沼が大好きになりました。気仙沼ファンは私のまわりでもどんどん増えています。

気仙沼ホテル様のことは初めて知りましたが、いつか必ずうかがわせてください。

再建を心からお祈りしております。
これから暑い夏がやってきますが、どうぞお身体ご自愛くださいませ。

この春、大川さくらまつりで初めて気仙沼を訪れました。
震災の爪痕を拝見して、深く心痛めました。
これからも、なにか折をみて気仙沼を訪ねて、少しでも復興のお役に立てれば、と思います。
ほんとうに復興までの道のりは遠く険しいかと思いますが…がんばってください! いつか「気仙沼ホテル」に宿泊できる日が来ますよう、楽しみにしています~☆☆

昨年の4月から7月まで仮設住宅建設の工事監督として、大谷中と階上中へお邪魔させて頂いておりました。毎日瓦礫の中を掻き分けて、自衛隊の方々と並んで気仙沼市内から現場に通っていた事は今でも忘れられません。他にも様々な現地の状況については自分の目でしっかりと拝見して、島根に帰ってからも何か出来ない事はないかと何時も心に留めております。再開された時には是非とも泊まらせて頂きたいと思います。

たくさんの人が、気仙沼ホテルとあなたたちを、応援しています。

苦しい時を耐えて前進すれば、その先に必ずヒカリが見えてくるはずです。

営業再開したら、また寄らせて下さい。 

Makiさまへ

お優しいお気持ちに感慨深く身にしみております。毎月気仙沼に来てくださっているとは有難いです。ありがとうございます。魚市場を中心に徐々に復旧されてきてはおりますが、まだまだ先は長いです。皆様のご支援の心に感謝し、ご期待に添えるようチャンスを伺う日々です。
ご登録ありがとうございました。チャンスがくるまで、どうかどうか忘れないでいてください。
ありがとうございます。

7代目源兵衛さまへ

 毎月のように気仙沼にボランティアに来ていただいております事に先ず感謝申し上げます。
自然の脅威・現実をその眼で確かめ、記憶し、忘れずにいてくださいます事、頭がさがります。今後も、復旧に時間を要し、復興はまだまだだと実感なさっているかと思いますが、どうかどうか忘れずにいてください。
私達は、それを希望に今日を頑張ります。
ご登録ありがとうございました。  

みちみち様へ 

頑張って咲いてくれた桜土手は、堤防の高さを検討中です。商業エリアに隣接する住宅街になる予定・・です。
私共も復興を粘り強く見極めていくつもりでおりますので、どうかどうか忘れずにいてください。忘れずにいてくださる事が私共の今日を生き抜く希望に繋がります。

ご登録ありがとうございます。

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このブログ記事について

このページは、「種」プロジェクトが2011年11月15日 11:32に書いたブログ記事です。

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